土浦城跡と筑波鉄道廃線跡

土浦城跡


土浦城櫓門

05.03.25
土浦城跡に行きました。土浦城跡には駐車場がないので、城跡隣にある市立博物館の駐車場を利用しました。
この駐車場から出るには博物館で駐車券をもらわなければなりません。最初土浦城跡を探索してから、博物館に入りました。博物館見学後駐車券を受付でもらい、博物館の入館料は土浦城東櫓の入館料と共通券になっているので、土浦城東櫓を見学してから駐車場を出ました。
土浦城は亀城とも言われ、平城で堀が幾重にも巡らされていて、水に浮かんでいる亀の形に似ているからだそうです。
土浦城は、室町時代の永享年間(1429〜40)に築城されたものだそうです。本丸・二の丸を中心に、三の丸・外丸の他、武家屋敷や町屋を含み、北門・南門・西門を結ぶ堀で囲まれていました。
江戸時代の建物としては、本丸表門の櫓門・裏門の霞門、二の丸と外丸の間に移建された旧前川門(高麗門)があり、復元された建物としては、東櫓と西櫓があります。櫓門は太鼓櫓とも言われ、現存する江戸時代前期の城跡建造物としては関東地方唯一のものだそうです。訪問した時は門の周辺は城壁工事中でした。
戦国時代には、城主は若泉氏、信太氏、菅谷氏と変遷しましたが、織豊期には結城秀康の支配下に入りました。
江戸時代の城主は松平(藤井)氏、西尾氏、朽木氏、土屋氏、松平(大河内)氏と変わりましたが、土屋政直が再び入城してからは、明治維新まで土屋氏(9万5000石)の居城となりました。
明治以後、本丸跡は土浦県庁、新治県庁、新治郡役所、自治会館などに利用されましたが、現在は二の丸跡の一部とともに亀城公園となっています。
亀城公園は土浦城の本丸と二の丸の一部を整備して作られた城跡公園です。園内には広場や小動物園(日本猿がいる)、プール、茨城県指定天然記念物の椎の木や忠魂塔などがあり、土浦市民の憩いの場になっています。
土浦市立博物館は土浦市の代表的史跡と文化財45ヶ所をビデオで紹介しています。 各時代ごとに分けて展示されており、重要文化財般若寺梵鐘のレプリカなどの資料、土浦城の復元模型、関流炮術関係資料、折りたたみ自在の大輿地球儀、祭礼絵図などがあります。近代土浦のあゆみ(明治時代から第二次世界大戦)、躍進する土浦をビデオ映像や写真パネルで展示しています。
高瀬船の模型もありますが、展示スペースの関係で天井につかくので帆を外した状態で展示されています。
この高瀬船は、江戸時代から明治時代にかけて利根川水系で活躍した船です。底が平で、荷を満載しても深く沈まず、河川を通航するのに適していました。
土浦市立博物館では年に数回特別展や企画展が開催されています。

05.04.01
百里基地は3月31日まで年度末で飛行訓練休みでしたが、4月1日から飛び始まったようです。
昼の12時頃、百里を上がったF15が訓練空域に向かって飛んで行くのが自宅から見えました。
この前撮って来た画像の入っているスマートメディアを破損させてしまったので、再度土浦城跡に行ってきました。
国道354号線を走り霞ヶ浦大橋を渡って、霞ヶ浦町からかすみがうら市になったばかりの城の天守閣に似せて建てた郷土資料館に行ってきました。
ここは城跡ではないところに、復元したわけでもない城の形をした郷土資料館が建っているのです。こんなところにこんな城が建ってたわけないじゃないかという立派な天守閣です。
屋内展示物は入場料払わないと見られないので、屋外展示物だけ見て外に出ました。城門のそばには出島村立郷土資料館と掘られた標石が置かれています。この郷土資料館が開館した当時は出島村でした。その後霞ヶ浦町になり、今年の3月に千代田町と合併してかすみがうら市になったのです。
かすみがうら市の郷土資料館の後土浦市に行きました。
この前来た時は市立博物館の駐車場に停めましたが、見学しないと駐車券もらえないので出られないから小網屋デパートのあったところにある有料駐車場に停めました。博物館では「旧土浦中学校とその時代」という企画展をやっていました。博物館の駐車場は無料なので、見学した方が良かったかも知れません。
水戸市の伊勢甚とか江戸時代からやっている老舗の百貨店が潰れています。郊外に広い駐車場のあるショッピングセンターができているので、電車で市街地の中にある百貨店に買物に来る人は少なくなってしまいました。京成、小網屋、亀宗、西友、丸井と潰れて土浦市内はずいぶんさびれてしまいました。
今回は直接土浦城に行かず、中城通り沿いにある土蔵造りや煉瓦造りの建物を見ながら歩きました。このあたりは旧水戸街道だったようです。土蔵を改造したまちかど蔵というのが道路の両脇にありました。まちかど蔵の脇に歴史の小道という標識が立っていて、土浦城近道という看板が立っているので、そこを入って行くと小さな神社があります。そこの脇の細い道を進むと裁判所の前に出ました。裁判所の先に旧前川門があり、そこが外丸跡から二の丸跡への入口となっています。
土浦城跡内を歩き、太鼓門、本丸、東櫓、西櫓、水堀などを、この前撮ったところを撮りなおしました。
土浦城で撮影後、国道354号線沿いにある郁文館正門に行きました。郁文館は土浦藩校で現在は中学校前に正門だけが残っています。

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筑波鉄道廃線跡


05.04.01
郁文館の後、来た道を戻り土浦城前を通過し、国道125号線と交差しているところから土浦駅に向かって筑波鉄道跡を歩きました。新土浦駅のホームだけが残っていました。
筑波鉄道の跡はりんりんロードというサイクリングロードになっています。
4月1日に廃線になった日立電鉄もサイクリングロードになるといいですね。りんりんロードを利用し自転車で通学している高校生もいるようです。ここを走れば車は通らないので安全です。
りんりんロードを歩いて土浦駅に向かっていると、川のところで途切れていました。かつては筑波鉄道が走っていた橋は撤去されてしまったようです。川の両脇は桜が植えられていました。川の手前で左に進み一般道の橋を渡ると、その先にもさらにりんりんロードが続いていました。
りんりんロードは土浦駅手前の常磐線と交差する細い道路手前で終点になっています。常磐線の橋桁下2.5メートルを幅の狭い道路が通っています。筑波鉄道の通っていた橋は撤去されたようで、その先の土浦駅側に線路が一部残っています。
土浦駅の1番線はかつて筑波鉄道の気動車が停車していましたが、現在は線路は撤去され駐車場になっています。ホームから駐車場に行けないようフェンスが張られています。
土浦駅から駅前通りを歩き駐車場に戻りました。けっこういい運動になりました。
今度折りたたみ自転車を車に積んで来て、駐車場に車を置いて土浦から終点の岩瀬まで自転車に乗って走ってみようかなあと考えています。ホームセンターで安い折りたたみ自転車あったら買おうかなと思います。
まだ日没迄時間があるので、土浦から国道125号線を走り小田城跡に行きました。
筑波鉄道は城跡を分断するように走っていましたが、りんりんロードは迂回するように水堀沿いに通っていました。
城跡からは筑波山が良く見え景色が良かったです。夕日も綺麗でした。筑波鉄道はいいところを走ってたのに、廃線になってしまったのは残念です。筑波山をバックにし走る筑波鉄道の気動車を廃線になる前に撮っておきたかったです。
3月31日、廃線になる前に日立電鉄を撮っておいて良かったです。廃線になるとは思ってもいなかったので慌てて撮りましたが、四季折々の日立電鉄を撮っておきたかったです。
撮った写真は紛失しないよう大切に保存しようと思います。
小田城跡を歩いた後、筑波山中腹にあるつくば湯に行きました。露天風呂からは筑波山が目の前に見え眺めはいいですが、客は少なくがらがらでした。 サウナは狭いですが客が少ないのでゆっくり入ってられました。
天然温泉ですが、わざわざ山上がってまで風呂入りに来る人は少ないと思います。皆近くのスーパー銭湯か健康ランドに行ってしまうのでしょう。入ったのは平日だったので、土日祝日は多いかもしれないですけれど・・・・・!? しかし筑波山から家まではかなり遠いです。土浦までなら、すぐ帰れるけど筑波山まで来ると遠いなあと感じます。
でもまた来ようと思います。
桜の散らないうちに北条大池と筑波鉄道の北条駅跡でも行ってみようかなと思います。

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