貝山緑地公園



貝山緑地公園の展望台から見た横須賀沖に停泊中の米空母カールビンソン

2003年5月6日の米空母カールビンソン横須賀帰港に続いて、5月10日にカールビンソンが寄港しました。
キティホークは横須賀を母港とする空母なので、入港前の1日に艦載機は厚木基地に降りていますが、カールビンソンは艦載機を積んだまま横須賀に来ました。 乗組員の休養のための寄港だそうで、2週間くらい横須賀にいるらしいので、カールビンソンを見に横須賀に行きました。
先週に続いて横須賀に行くのは2週連続です。また同僚2と行ってきました。同僚2が車を運転しましたが、また高速道路で行き2回、帰り1回道間違えました。あれ何か違うところ走ってるなと気がついた時には、もう遅いです。でも、この前よりは早く着きました。
横浜横須賀道路を走り、横須賀ICから本町山中道路を走ってJR横須賀駅前の国道16号線に出ました。ヴェルニー公園からは正面に米海軍基地、左側に海自基地があり埠頭に接岸した多くの艦船が見えます。
しかしキティホークは先週来た時のままです。米軍基地の建物に隠れて艦橋と飛行甲板の一部が少ししか見えませんでした。カールビンソンは沖合いに錨を降ろしているようです。ここからは見えないので、日産の工場の方へ行きました。
国道16号線を走り西友の交差点を右折しました。まっすぐ走ると日産の工場があります。海の方へ向かって走って行くと平地の中にぽつんと小高い山が見えてきました。ここが空母が横須賀入港時にはベストポイントと言われている貝山緑地公園です。
公園入口から歩いて坂道を上がって行きました。標高海抜40メートルくらいあるそうですが、先週行った猿島よりは上がるのにきつくなかったです。「追浜神社」という石碑がありました。この山に昔、「追浜神社」があって神社の跡地が公園になっているようです。
坂道の途中に「予科練誕生之地碑」、「海軍航空発祥之地記念碑」、「甲飛鎮魂之碑」が建っていました。戦時中の海軍の建物の跡か、ところどころに古そうなコンクリートの塊がありました。ここには昔海軍の飛行場があったようで、日産の工場になっているところが飛行場跡のようです。貝山の中は地下要塞になっていたそうです。
予科練とは、海軍飛行予科練習生の略称です。海軍少年航空兵が別称です。予科練は昭和5年(1930年)年6月1日、「海軍練習航空隊令」が制定されて誕生しました。甲種、特乙種、乙種、丙種の4種類がありました。第1期生79名は、全国より5,800名の志願者から厳選され、横須賀海軍航空隊に入隊しました。その後、昭和14年3月には霞ヶ浦湖畔に移り、大平洋戦争が始まると、航空兵の増員が急務となり、練習航空隊ができました。甲種、乙種とも昭和18年から19年に飛行予科練習生が大量採用され、その数は、20万人に近かったそうです。
全国より選ばれた少年たちが日夜猛訓練の中技量を磨き予科練を巣立って行きました。 予科練を巣立った若者たちは昭和12年8月14日、中国本土に孤立する居留民団を救助するため敢行した渡洋爆撃で初陣を飾って以来多くの偉勲を重ね、太平洋戦争では日本の航空戦力の中核となり戦いました。
しかし戦局は悪化し、燃料も欠乏し練習機による教育訓練も不可能となりました。昭和20年(1945)年6月1日、飛行予科練習生教育は中止されました。練習生の一部は飛行兵として志願していながら、航空機搭乗員だけでなく、水上、水中特攻、その他本土決戦に備え、陸上等、日本海軍のあらゆる部隊へ配置されました。そして本土に迫った敵艦船に対し特別攻撃隊員となって、一機一艦必殺の体当りを決行しました。予科練を巣立った多くの若者が大空に散華したのでありました。
現在の平和は、このような多くの人たちの犠牲の上に成り立っているのであります。こういう石碑を見ると、戦争で亡くなった人たちのことを忘れてはならないという思いになります。
予科練誕生之地碑を見ていたら、同僚2が空母を見つけました。残りの石碑は帰りに見ることにして空母の見えるところに行ったら、カールビンソンが艦載機を飛行甲板に乗せたまま沖に動かないで止まっていました。霞んでいてはっきりは見えませんでしたが、たくさんの艦載機が飛行甲板に並んでいました。
高いところの方がよく見えるので、山の頂上の展望台まで上がって行きました。小船がカールビンソンと港の間を往復していました。警備のためか前後の少し離れたところに海保の巡視船がいました。展望台には、艦船マニアかカメラを持った人たちが3人いました。展望台からは海が見えて眺めのいいところでした。山の下に日産の工場が見え遠くの方に八景島シーパラダイスが見えました。岸壁には船積みを待つたくさんの車が並べてあり、車を運ぶ大きな輸送船が接岸していました。
日産の工場の方を見ていたら、海の方から陸自の対戦車攻撃ヘリAH−1Sが2機飛んで行きました。
同僚2も空母が見られて満足したらしく帰ることにしました。坂道を降りる途中石碑を見ました。同僚2は掩体壕は興味がないし、探すと時間かかるので見ないで帰りました。今回は止まっていても海上の空母が見られたし、予科練の記念碑が見られたのでよかったです。
走行中の車中から日産の古そうな建物を撮りましたが、対向車が走ってきて隠れてしまいました。
最初は「横須賀の後百里に夜間訓練見に行こう」と同僚2は言ってましたが、昨日百里の夜間飛行訓練を見たので来週行くことにしました。東関東自動車道潮来ICまで行って水郷有料道路を走り神栖セントラル温泉に行きました。先週よりも早く帰ってこれました。


空母の近くにいた巡視船

カールビンソンの艦首付近

カールビンソンの艦橋付近

陸自AH−1S

空追浜神社跡の碑

展望台から見た日産の工場

海軍甲種飛行予科練習生鎮魂碑

予科練誕生之地碑

海軍航空発祥之地記念碑

帰りの車内から見た日産の古い建物


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